小田貴月はなぜ高倉健の養女になったのか?今になって顔出しする理由は?

芸能
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高倉健さんが2014年11月10日に亡くなってから約8年5か月、

2023年3月29日に高倉健さんの養女、小田貴月さんの

新たな著書『高倉健、最後の季節(とき)』が発売になりました。

それと同時に小田貴月さんは、今後は文化人として活動していくと発表しています。

そもそもなぜ、高倉健さんの養女になったのか?

そして、今になって顔出しする理由は何なのか?

調べてみたので、お伝えします。

小田貴月はなぜ高倉健の養女になったのか?

高倉健さん

高倉健が小田貴月を養女にした理由

高倉健さんが小田貴月さんを養女にしたのは、

2012年に小田貴月さんのお母様が倒れたことがきっかけでした。

患者の側にいても妻子や親兄弟など親族でないと

医師から病状の説明さえも聞くことができないとわかったので、

今後の自分の身の回りに何かあった時のために親族にする必要があった

わけです。

そして、2013年に妻ではなく、養女となりました。

「高倉健が再婚」と世間を騒がせたくなかったからという理由で。

高倉健の養女小田貴月とは?

高倉健さん

小田貴月

小田貴月さんは、1994年生まれ2023現在59歳です。

1996年、女優引退後に海外のホテルを紹介するプロデューサーとして活動していた頃、

香港で高倉健さんと出会い、その後一緒に暮らすようになりました。

一緒に暮らすようになってからは、ひたすら高倉健さんのサポートに徹していたと語っています。

高倉健さんとは33歳の年齢差があったもののパートーナーとして17年間

暮らしてきました。

やがて、高倉健さんがガンを発症し、入退院を繰り返すようになると、

高倉健さんは、病気で弱った姿を知られたくない、

触れられたくないという理由から、医療行為以外のことは、

全て小田貴月さんが24時間付き添って行っていたようです。

2014年11月10日高倉健さんが83歳でこの世を去った時、

最後を小田貴月さんが一人で看取りました。

小田貴月が今になって顔出しする理由は?

生島ヒロシと小田貴月

2014年の高倉健さんの死後8年5ヶ月余り沈黙を守っていた

小田貴月さんが、今後は顔出しすると決めた理由は、

2019年11月の「高倉健 その愛」に続き、

2023年3月に「高倉健 最後の季節(とき)」

を執筆、高倉健さんと過ごした日々のことを発表したことで、

高倉健さんからの宿題を終え、自分の道を歩み始める決意をした

ということのようです。

小田さんは、次のように語っています。

この本を書き上げたことで高倉からの宿題を終え、

『これからも感性を磨いて後悔なく生きる覚悟を持て』

という声が聞こえた気がします」

引用:ENCOUNTより

今後の活動は、フリーアナウンサー生島ヒロシが会長を務める事務所のサポート

受けることも決定しており、メディアへの出演も増えていくようです。

今後は、高倉健さんの養女という立場を離れて、

小田貴月として活動することを決めたということでしょうか?

小田さんは以下のように語っています。

私が経験した『命の見つめ方』などがお役に立てる場を探したいです。

人のぬくもりをお伝えできる声を生かすことや

本を書くお仕事が続けられたらうれしいです」

引用:ENCOUNTより

今後はどんな本を書いいかれるのでしょう?

自分の道を歩いていくということであれば、

今後は「高倉健」という名前を出さずに

小田貴月さん個人で情報発信していただけるといいなと思います、

まとめ

今回は、小田貴月さんが、なぜ高倉健さんの養女になったのか?

そして今後、顔出ししていくことに決めた理由についてお伝えしました。

高倉健さんと小田貴月さんがどんな17年間を過ごしていたのかは、

二人しか知らないことです。

小田貴月さん目線で語られた高倉健さんは興味深いものではありますが、

高倉健さんから離れた小田貴月さんがどんな文化人となって、

情報発信していくのかとても楽しみです。

小田貴月さんの今後のご活躍を期待しています。

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